時計好きであれば絶対に訪れたいと願う聖地のひとつが、ジュネーブの「パテック フィリップ・ミュージアム」だ。ここにはパテック フィリップの過去から現在までの傑作だけでなく、ジュネーブで製造された贅沢な時計たちが展示されており、ジュネーブの時計文化の深みを存分に堪能することができる。
しかし今年の6月に開催された≪パテック フィリップ・ウォッチアート・グランド・エキシビション(東京 2023)≫は、それを超える驚きがあった。このエキシビションは、これまでに世界5都市で開催されており、6回目として選ばれたのが東京だった。会場は新宿の「住友三角広場」という交通至便な場所で、しかも入場は無料ということもあって、会場には熱心な時計愛好家だけでなく、会社帰りのビジネスマンや学生や家族連れなど、老若男女が来場。6月10日から25日までの16日間で、約6万人もの人々を集めたという。
まず会場構成が凝っており、エントランスはジュネーブが誇るレマン湖の遠景になっていて、名物の花時計も再現。現行モデルを展示するパビリオンは、ジュネーブの本店サロンを模しており、最奥部は最上階のVIPルームであるナポレオン・ルームを再現。そこから見えるモンブラン橋やレマン湖の大噴水をモニターで流すなど、かなり凝った演出になっていた。
もちろん展示も素晴らしかった。ミュージアムから運ばれてきた時計たちは、どれもが至宝と呼ぶにふさわしいものばかり。中にはパテック フィリップが名声を築くきっかけとなった、万国博覧会の際に英国女王ヴィクトリアに贈呈されたペンダントウォッチや、スイス初の腕時計といった歴史的傑作も展示されていた。またミュージアムで大人気の精巧なオートマタや、時計の歴史を語る上で必須のマリンクロノメーター、そしてジュネーブ時計産業の美意識を表現する精密なミニアチュールを描いた懐中時計なども展示。しかもスタッフが丁寧に解説してくれるというのも嬉しいことだ。
スイスから職人たちを招いてのメティエ・ダールのコーナーでは、緻密で精巧な技の実演を目の前でみることができただけでなく、日本文化へのオマージュを込めた時計たちも展示されていたのも興味深かった。
さらに技術面を紹介するコーナーも充実しており、マニュファクチュール・ルームの展示は、時計愛好家なら離れられない場所になっていた。そして33の複雑機構を搭載した懐中時計「キャリバー89」や、パテック フィリップにより製作された腕時計用ムーブメントの中で最も複雑なキャリバー300を搭載し、20の複雑機構を有する腕時計「グランドマスター・チャイム」も展示し、東京のイベントで初めて採用されたチャイミング・ウォッチのコーナー「マスター・オブ・サウンド」では、QRコードを読み取るとスマホで音色を聞くことができる趣向になっていた。パテック フィリップのチャイミング・ウォッチを手にすることができるのは本当にごく限られた人だけだが、このイベントでは誰もがその音色に耳を傾けることができる。それもまた得難い経験となるだろう。
まさしくパテック フィリップとジュネーブの時計文化を余すことなく伝えるイベントであった。
パテック フィリップは誰もが認めるスイス時計の最高峰である。しかし孤高でありたいとは思っていない。むしろスイス時計文化を、次世代へ受け渡すためにどうすべきかを深く考えている。≪パテック フィリップ・ウォッチアート・グランド・エキシビション(東京 2023)≫には、その責任感と決意がみなぎっていた。このイベントに足を運んだ人たちは、おそらく全員がスイス時計の奥深さを知り、興味を深めたことだろう。こうやってパテック フィリップは、時計文化を継承していくのだ。