Vol.8
パテック フィリップの「手巻き式クロノグラフ」は、永遠のあこがれ

 時計業界における“三大コンプリケーション”とは、永久カレンダー、トゥールビヨン、ミニットリピーターのこと。時計愛好家であれば必ず知っている機構であり、パテック フィリップが得意としている機構である。
 しかし私には、もっと惹かれている機構がある。それが「手巻き式クロノグラフ」だ。
 そもそも永久カレンダーであればうるう年にも影響されない便利なカレンダーというメリットがあり、トゥールビヨンには姿勢差に影響されない高精度機構という価値があり、ミニットリピーターは暗闇でも現在の時刻が音でわかるという意義がある。どれもが美しくてロマンティックなだけでなく、機構自体にも実用的な意味がある。それ故に素材やメカニズムなどは、常に使いやすく進化を続けている。
 ところが手巻き式のクロノグラフは、そういった実用的進化という波から完全に取り残されている。そもそも1969年に自動巻き式クロノグラフが誕生して以降、少なくとも手巻き式である必要ないだろう。しかしそれでもひっそりと生き残っているのだから、さしずめ“時計界のシーラカンス”といえよう。
 しかしそれはすなわち、機械式時計の味わいが最もピュアな状態で残っているともいえる。だから手巻き式のクロノグラフに惹かれるのだ。

 残念ながら手巻き式クロノグラフは絶滅危惧種であり、限られた名門ブランドでしか製作していない。パテック フィリップもそのひとつだ。
 パテック フィリップの現行モデルは41㎜径ケースの「5172」だが、このモデルに搭載されるCal.CH 29-535 PSが誕生したのは2009年の秋のことである。大きなブリッジには丁寧に面取り加工が施され、立体的かつ重層的に積み重なるメカニズムは、圧倒されるほど美しい。この手巻き式クロノグラフムーブメントは、まずはレディスウォッチに採用され。翌2010年に、1940~50年代モデルを手本にした「5170」がデビューする。これが非常に素晴らしい時計だった。

 初代モデルのダイヤル外縁部にある目盛りは、タキメーターではなく心拍数を計測するためにパルスメーター。これはクロノグラフが知的職業から愛された高度な時計であったことを雄弁に語っている。さらにスモールセコンドと30分積算計のインダイヤルがセンターよりも少し低い位置にセットされるため視覚的な重心が下がり、落ち着いた雰囲気になった。その後はインデックスがブレゲ数字になったり、外縁部の目盛りをなくしてすっきり顔にしたりと、年々熟成を重ねてきた。そして2017年にはプラチナモデル「5170P」が誕生するのだが、これが出色のできだった。

 バーゼルワールドのショーケースで見た瞬間に、雷に打たれたかのような衝撃が走ったのは、今も昔もあの時だけだった。ブルー・グラデーションのダイヤルの繊細な美しさや外縁部の目盛りをタキメーターにすることでスポーティさを醸し出した、そしてバゲットカットダイヤモンドをインデックスに使用するというさりげないエレガンス。そしてもちろん美しすぎるムーブメント……。すべてが完璧なクロノグラフのことは帰国後も頭から離れず、ブティックで試着したり、詳細な情報を集めたりしながら悩んでいた。さすがに高価なモデルなので購入する決心がつかないでいたところ、突然の製造終了のニュースが。あわててブティックに問い合わせたが、もう入荷はないとのこと。海外のブティックにも問い合わせたが同様で、知人のコレクターから譲ってもらう交渉も頓挫し、完全に買い逃してしまったまま、現在に至る。

 いまでもふと思い出す手巻き式クロノグラフの「5170P」は、自分にとっての究極の一本。いつの日か手に入れたいと願い続ける、永遠の憧れとなっている。

COLUMN

最高峰の時計ブランド「パテック フィリップ」の魅力とは何だろうか?
数々の仕事を通じてこのブランドに出会い、魅了され、遂にはユーザーとなったライター、ウォッチディレクターの篠田哲生氏が、自身の目と経験から感じた、"パテック フィリップのこと"について語る。
【今後の連載予定コンテンツ】
■モンブラン橋のパテックフィリップ本店  ■手にして理解したパテックフィリップの効能  ■やっぱりに気になる「カラトラバ」Ref.5196  ■旅を夢みて「ワールドタイム」  ■女性だったら「Twenty~4」  ■挑戦してみたいバゲットダイヤ×パテック  ■究極のコレクションピース「クロック」

 

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