A.LANGE & SÖHNEブログ

A.ランゲ&ゾーネ ヒストリー 第一幕

この仕事をしていると、時間への概念や歴史について考えることがあります。
そもそも遥か昔の人類は的確な時の流れを知りたかったのだろうか、
ということや。時という見えない物を時計として表し見えるようにした
我々先祖は一体どのような思考回路でそれを実現したのだろう等々。
深く考え込むとキリがありません。

現在使われている時間単位は紀元前2000年前に誕生したと言われていますが、
私たちが主に取り扱う機械式腕時計の歴史は1800年頃から始まったとされます。時間という単位は紀元前2000年前からあったにも関わらず
腕時計の誕生は220年程前という事はそれほどまでにも
腕時計を製作するというのは難しい作業だったのです。

このブログの主役でもあるA.ランゲ&ゾーネの歴史は1845年から始まります。

A.ランゲ&ゾーネの創業者は
フェルディナント・アドルフ・ランゲ(1815~1875)。
アドルフ・ランゲはドイツ・ドレスデンの技術学校に通った後、
時計師ヨハン・クリスチャン・フリートリッヒ・グートケスに弟子入りをし
時計への道を歩み始めます。

この修行中の1841年には師匠のゲートスが開発した
5分時計の製作にも携わりました。
そしてこの5分時計はその後ツァイトヴェルクのモチーフや、
ランゲを象徴するアウトサイズデイトのモチーフにもなるなど
この先のランゲに大きな影響を与えます。

過去は銀の採掘などで栄えていたグラスヒュッテですが、
1845年当時は財政難に陥っていました。
そんな中、修行を積んだアドルフ・ランゲは若い時計師を育成する
地域復興事業計画を提案します。
それがザクセン王国から承認されザクセンドイツ東部のグラスヒュッテに
A.ランゲ&カンパニーを創業しました。これがランゲの始まりです。
時計だけでなくドイツ グラスヒュッテに対する
愛を感じる創業のバックボーンですね。

その後、1864年にはランゲの代名詞でもある4/3プレートを開発。
これも非常に難しい技術。
これはここで紹介してしまうとかなり長くなってしまうので
また別の機会に詳しく記載します!

1868年は長男のリヒャルトが経営に参画し、ここで屋号が
「アドルフ・ランゲとその子供たち」を意味する、
A.ランゲ&ゾーネに改められます。
このリヒャルト・ランゲは腕時計の部品でも
最も作成が難しいと言われるヒゲゼンマイを自社開発するなど
ブランドにとって大きな功績も残しました。

1875年には創業者のアドルフ・ランゲがこの世を去ります。
この時のグラスヒュッテは既にA.ランゲ&ゾーネを頂点とした
精密時計産業地帯に変貌しており、
衰退を辿ろうとしていたこの地域を見事復興させました。
ブランドが創業するきっかけとなった地域復興事業計画を成し遂げた形で
子供たちの世代へバトンを渡します。

その後、順調に成長を続けたA.ランゲ&ゾーネは20世紀初頭に勃発した
第一次世界大戦と世界恐慌は無事乗り越えましたが、
1945年終戦前夜に空襲の直撃を受けて本社が消失します。
そして終戦後の1948年には資産を社会主義国東ドイツに接収され、
さらにグラスヒュッテ国営時計会社に統合されるかたちで、
A.ランゲ&ゾーネというブランドは消滅してしまいます。

ここまでがA.ランゲ&ゾーネの歴史の第一期。

激動の渦に巻き込まれ一度はブランドとしての歴史に幕を降ろすこととなった
ランゲはこの後どのようにして再び復興し、
現在の地位を築いてきたのでしょうか。
次回はA.ランゲ&ゾーネの歴史第2幕をご紹介します。
今定番モデルとなっている時計も続々と登場します!

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篠田哲生

最高峰の時計ブランド「パテック フィリップ」の魅力とは何だろうか?
数々の仕事を通じてこのブランドに出会い、魅了され、遂にはユーザーとなったライター、ウォッチディレクターの篠田哲生氏が、自身の目と経験から感じた、"パテック フィリップのこと"について語る。

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